第58回:ラストラン2300系(C#2313×7)

U.R.L. 2015年3月22日(日)

過去のレポートは、こちらをクリック

 2015年3月22日(日)に、2300系のうち最後まで残ったC#2313×7の最終運行となる貸切イベント列車の運転が実施されました。これに先立って、2月20日(金)より定期列車での最終運行となった3月20日(金)まで、引退記念ヘッドマークを掲出して運転されました。今回取り上げるのは、その約1か月間の記録です。


ヘッドマーク掲出初日(2015年2月20日・十三)

 この日から、ラストランへのカウントダウンが始まった。梅田方先頭車に掲出されたヘッドマークは、ローレル賞の受賞記念プレートを模したデザイン。


(↑画像拡大)


桂駅付近にて

 洛西口の高架化完成を待たずに、2300系は引退へ。


(↑画像拡大)


 河原町方先頭車に掲出されたヘッドマークは、特急の運行標識板を模したデザイン。


(↑画像拡大)


 冷房改造されても、方向幕改造されても、トレードマークはやはり前パン。


(↑画像拡大)


 2001年改正以降激減した京都口の普通。


(↑画像拡大)


西山天王山〜大山崎にて

 ヘッドマーク掲出期間中、あまり天候には恵まれなかった。


(↑画像拡大)


 北へ向かう河原町ゆきを撮るときは、曇天が幸いした。


(↑画像拡大)


 晴れれば一転、さわやかな春の青空のもと、長い直線区間を走り抜ける。


(↑画像拡大)


 製造から半世紀を経ても通用する性能と内装と乗り心地。そして美しい塗装。その後の阪急車の基準となり、現在でも引き継がれている。


(↑画像拡大)


西山天王山駅と

 河原町・烏丸・新千里山(現 南千里)・北千里・万国博西口(廃止)・南茨木・山田・洛西口・摂津市を経て、2300系として最後の新駅となったのが、2013年12月21日(土)に開業した西山天王山。高速バス停との直結など、2300系登場当時には想定もされていなかったであろう新時代の交通結節点の姿を見届けて、現役を退く。さよなら 2300系。


(↑画像拡大)


引退記念貸切イベント列車(2015年3月22日・西山天王山〜大山崎)

 定期運行最終日の2日後、本線上の運転は本当にこれで最後となる貸切イベント列車が走った。この日の日付が入った専用のヘッドマークには「Last Run」の文字が刻まれ、正雀〜河原町間を1往復して沿線に別れを告げた。


(↑画像拡大)


側面

 引退記念ヘッドマーク掲出中は、戸袋のコーポレートマークが撤去されると共に、ステッカーで再現された旧社章が元の位置に復元されました。約8か月前に廃止された携帯電話電源オフ車両のステッカーもなく、当時の姿にかなり近いものになりました。この画像は、その姿を連写した写真を合成して作成したものです。左側が河原町方面で、そちらに向かって左側の側面にあたります。

 本物の旧社章だった当時、今とは運転区間や停車駅が異なる準急の梅田ゆきは設定されていましたが、河原町ゆきはありませんでした。まさか全線通しの準急が走るようになるとは想像もできませんでしたし、そもそも7連の優等種別が再び現れるとは思えなかった時代です。コーポレートマークに切り替わってから約23年、ステッカーとはいえ復活した旧社章と「準急|河原町」というかつては考えられなかった組み合わせから、その間に何度も訪れたダイヤや状況の変化が思い出されます。

 側面で特徴的なのは、初期車である梅田方3両の側窓がフレーム付であること。フレームレスとなった後期車(河原町方4両)では開閉用の取っ手が上辺に見えるのに対して、初期車はフレームが窓枠とほぼ重なっているためあまり目立たず、少し窓が大きく見えます。また、乗務員室の扉の開く方向が、その後の形式とは逆向きになっています。

 そして、引退間近であっても美しく保たれた車両の状態がなにより素晴らしい。50年たっても通用する車両が、素性の良さと不断のメンテナンスで成立していることがよくわかります。

河原町← 2372-2392-2342-2322=2363-2333-2313 →梅田


過去のレポート

最新の新京阪レポートは、こちらから


Copyright ©2015 Fair_Fare.
All rights reserved.